最初に紹介するのは、主人公が自分の価値観との違いに混乱した姿を描いた『ミノタウロスの皿』。SNSなどでもたびたび「とんでもないトラウマ漫画」として注目され続けた作品だ。
宇宙船事故でイノックス星に漂着した主人公は、そこでミノアという美しい少女に助けられる。この星は地球の「牛」に似た「人類(ズン類)」が支配しており、地球人にそっくりなミノアたちは「牛(ウス)」と呼ばれる家畜であったのだ。
ウスたちと暮らすうちにミノアに恋心を抱く主人公だが、彼女は「百年に一頭生まれるかどうか」のすぐれた肉用種のため「ミノタウロスの皿」として祝宴で食べられることが決まっていた。
その事実を知った主人公は彼女を救おうと奔走するも、ミノア自身が「最高の名誉よ」と誇らしげで、ズン類側の有力者に訴えても話が全くかみ合わない。それどころかミノアは自分を食べる来賓たちの賛辞を聞きたいからと、首だけになっても意識が残るよう人口心肺を脳に繋ぐことを望んでいたのだ。
諦めきれずに最後まで抵抗する主人公だが、最後はその思いも届かず……。自分の常識や価値観が全く通じない恐怖が描かれた同作だが、皮肉の効いたラスト1コマも悲しい。
■DVという言葉さえなかった時代に妻がとった行動は?『コロリころげた木の根っ子』
次に紹介するのは、いびつな夫婦のあり方に恐怖を覚える物語『コロリころげた木の根っ子』。
現在のように家庭でのDVやモラハラなどといった問題が取り沙汰されていなかった1974年に発表されたこの作品。出版社の若手社員である西村は、小説家・大和の家まで原稿を取りに行くことになるが、大和という男はとんでもない暴君だった。家の外にペットのカニクイ猿を出してしまったからという理由で、客の目の前にもかかわらず妻に平手打ちをし、酒ビンが空だと言っては突き飛ばし、自分の愛人を呼び出す電話まで妻に準備をさせるほどだった。
だが、不用意に階段の上に置かれた空の酒ビンや、ガスが充満する汲み取り式トイレに置かれたタバコなど、大和の家にはところどころに怪しいものがあった。そして、小さなところに疑問を抱いた西村は、大和の妻がスクラップしていた新聞の記事を読んでギョッとすることになる……。
自分勝手な理屈で妻を「飼いならした」と豪語し、理不尽な暴力を与え続ける夫。抑圧されて目を伏せてばかりだった妻の本性が最後の2ページに集約されており、全ての理由が分かった瞬間に思わずゾッとするだろう。
■ラストのどんでん返しで人間のおろかさ描く『絶滅の島』
最後に紹介するのは、1980年にSF映画雑誌『スターログ』に掲載された『絶滅の島』。理由も分からぬまま無惨に殺され続ける恐怖を描いた短編だ。
主人公のシンイチたち27人が「秘島ツアー」に出かけている間、地球人はUFOの大軍に襲われ全滅させられてしまった。生き残った彼らは離島で自給自足の日々を送っていたが、そこにもとうとうUFOがあらわれ、人間狩りがはじまってしまうのだ。
わずかに残った仲間たちが次々と残酷に殺され、さらにその遺体を「煙でいぶしている」現場を目の当たりにするシンイチ。捕まった少女・カオリを救い出し逃げようとするが、UFOの化け物たちにみつかり絶体絶命の危機に。そこに違うUFOがあらわれ、シンイチたちを助けるのだが……。
私たち人間がおこなってきた過ちが、最後のページに記載された「宇宙怪物後 日本語訳」に集約されており、「絶滅の島」というタイトルの意味にゾッとする以上にハッとさせられる短編。なお同作は初出ではサイレント映画の手法をなぞってセリフなしの演出がとられている。『藤子・F・不二雄大全集 少年SF短編3』ではリメイク版と両方が収録されているので、見比べて読むのも面白い。
以上3作を紹介したが、毒っ気がたっぷり詰まった、時に読者にトラウマを与えるような藤子さんの「SF短編」には、まだまだ紹介しきれない魅力作がたくさんある。筆者が個人的に好きなのは残酷な高齢化社会を描いた『定年退食』と『カンビュセスの籤』であるが、どちらも登場人物の未来を自分に置き換えると足がすくんでしまう傑作だ。また「抱けえっ!」のコマが有名な、悲しさが詰まった「すこし・ふしぎ」な短編『ノスタル爺』も夏の終わりにピッタリな心震える作品。大ウサギの宇宙人が登場するセルフパロディのような短編『ヒョンヒョロ』も多くの人に是非読んで欲しいところだ。
※長文の為一部略
ふたまん2022.09.06
https://futaman.futabanet.jp/articles/-/122460
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Source: 芸能トピ