玉袋筋太郎、放送禁止用語すれすれの芸名は「思った以上に重い十字架」も感慨「オレ偉いなと思うね」

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1: なまえないよぉ~ 2023/06/03(土) 11:27:19.96
 お笑いコンビ「浅草キッド」の玉袋筋太郎(55)が自然体に生きている。強烈な芸名をもらって活動すること36年。
4月からはTBSラジオ「金曜ワイドラジオTOKYO えんがわ」(金曜・後1時)が始まるなど、レギュラー番組も多く抱える。芸名への複雑な愛情、師匠・ビートたけし(76)や相方・水道橋博士(60)らへの思いも明かす。(浦本 将樹)

 「何でも聞いてください」と言いつつ時折、目を伏せる。飾らない人柄ながらもシャイな性格。過激な芸名とのギャップが、リスナー、ファンから愛される。

 「えんがわ」は「金曜 たまむすび」でも一緒だったTBSの外山惠理アナウンサー(47)とコンビを組む。「2人が縁側で日なたぼっこしている感じ」というイメージ。
中でも局に残る音源から、曲にまつわる人物を呼ぶ「ラジオTOKYOリメイク」のコーナーは「ラジオで育った人間としてはたまらない企画」と力説する。

 芸能界入りのきっかけもラジオだった。子供の頃から好きだった師匠・たけし。高校時代は「オールナイトニッポン」を毎週聞き、東京・有楽町のニッポン放送で出待ちするほど夢中になった。
面白さはもちろん、お笑いの頂点にいても謙虚さを忘れない生き方に引かれた。「師匠は俺の全て」と公言。就職が決まってからも通い続け、「俺んとこ(たけし軍団)来いよ」と声をかけてもらった。

 そして芸名。たけしから提示されたのは「元巨人のクロマティをもじった名前」「蟻の門(と)渡哲也」「玉袋筋太郎」の3択だった。「当時でもクロマティがヤバいのは分かった。
『蟻の門―』も石原軍団に怒られるな…」と選択の余地はなかった。「親には怒られると思ったら、オヤジは『お前、いい名前だな』って。何か後ろめたかったけど、最初の味方ができてうれしかった」

 だが、そこからが試練だった。芸名自体が放送禁止用語すれすれ。NHKや民放のゴールデン帯など、名前だけで出演NGになる番組が続出。最近になってNHKも「玉ちゃん」の名前で出演できるようになった。
それでも制約はつきまとう。「結婚して子供ができても『玉袋の息子だ』っていじめられるなと思っていたから、子供の学校のイベントにも一切、顔出してない」と明かす。

 ただ、人を見極めるのには役立った。「名前の呼び方や、その時の表情で今後の付き合い方が想像できる。リトマス試験紙だね」。以前、コンビで「週刊アサマル秘ジャーナル」という番組で政治家をインタビューしていた。
「相手が僕の名前を絶対口にしてくれないのが憂鬱(ゆううつ)だった。博士のことは呼ぶのに。でも、一人だけ初対面で『玉ちゃん!』って言ってくれた人がいたんだよ。鈴木宗男さん。人たらしだよね」と独自の基準で評価する。

 「思った以上に重い十字架を背負った。でも、この名前で後悔はしていません。本名より付き合い長いし。普通はそんな芸名で売れないよ。それで40年近くやっているんだから、オレ偉いなと思うね。自分で褒めてあげたい」と自賛する。

 本当につらかったのは1996年、相方が運転免許証の不正取得で書類送検された時だ。ふざけた顔写真を使うため、返却せずに複数回免許を取得した“事件”は、連帯責任となりコンビで芸能活動休止に。
仕事はゼロ、貯金が底をつき、借金が膨らんだ。そんな時に響いたのが、たけしの言葉だった。「お前らのこれ、面白いけどよ。やっぱり事件になっちゃうだろ。俺がやったらシャレで済むんだぜ。まだネームバリューが足りないんだよ。頑張って取り返せよ」―。言葉に込められた優しさ。今でもつらい時は思い返している。

 2020年に30年以上所属したオフィス北野(現TAP)から独立。以降、たけしと接点はない。「あの言葉を胸に生きています。この名前を大きくすることが恩返しだと思うんで」

     ===== 後略 =====
全文は下記URLで

2023年6月3日 10時0分スポーツ報知

https://hochi.news/articles/20230602-OHT1T51283.html?page=1

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Source: 芸能トピ

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